
「葬式無用、戒名不用」

在りし日の白洲次郎氏
故白洲次郎氏の遺言である。彼らしいかっこ良さからの言葉と思いがちであるが、何か深い意味を感じる。氏は占領下のGHQ総司令官マッカーサーに「従順ならぬ唯一の日本人」と言わしめた男でもある。
著書「プリンシプル(原理・原則)のない日本(新潮社文庫)」では、戦後の日本は国際社会の一員として外国人との接触が多くなることから、西洋人とつき合うにはすべての言動にプリンシプルがはっきりしていることは絶対に必要と書いている。

細川護熙氏
1993年、非自民連立政権の第79代首相を務めた細川護熙氏は政治改革法案とウルグアイラウンド交渉妥結に向けたコメの部分開放受け入れを果たすと、わずか7カ月余りで退陣した。
二人に共通して言えることは、自分の確固たる主義・主張を持ち「簡素な生き方」を好み「形式より本質を重んじる精神」や「進退(引き際)」についての哲学を持ち、死後の名誉すら拒む徹底した自由主義者であった。

白州次郎の遺言書
そこで、白洲次郎氏の遺言「葬式無用、戒名不用」について考えてみたい。ものの本では、無用とは「利益を害する出費をしないようにする」とし、一方、不用とは「(もう)使わないから必要がない」とある。
「葬式」は人間の欲望や見栄を上手く利用したビジネスモデルであったが、コロナ禍で集合や対面を余儀なくされたときに、人々はそれが無益で必要性の低い儀式に気付いたのである。また、「戒名」は仏の教え(戒)を受け、“仏の世界での新しい人生のスタート”を象徴している。
白洲次郎の「葬式無用、戒名不用」は、単なる“変わり者の遺言”ではなく、彼の人生観・価値観・思想が凝縮された非常に深いメッセージである。彼にとって葬式は「社会的義務」「体裁のための儀礼」「人間関係の“しがらみ”の延長」であり「死においても、他人の価値観に支配されない」という、彼の生き方そのものの結晶である。
また、宗教的権威や制度に依存することを嫌い、「自分の死に宗教的権威を介在させない」という強い意思で戒名を拒否し“自分の死は自分のものだ”という主体性の表明でもある。まさに、現代の「家族葬」や「直葬」の価値観に近いものを白洲は1985年の時点で先取りしていたとも言える。脱帽である。