ベトナム紀行(1)

(ベトナム到着)
2022年7月25日、私は30年ぶりにホーチミン市のタンソンニャット国際空港に降り立った。

タンソンニャット国際空港

(街並み)
ホーチミン市へは日本から約6時間、時差2時間の旅で、空港は30年前の雑然とした景色とは大きく違い、小奇麗に整備され発展・成熟するベトナム国の勢いを感じることが出来た。

緑の街並み

(ミッション)
30年前は、ドイモイ(刷新)政策が動き出し中国の改革・開放やソ連のペレストロイカと並び、共産主義国家が市場経済へ大きく舵を切った頃でした。

当時、私たちは「メコンデルタの農業」を調査・研究するため、友人たちと現地商社マンの案内でメコンデルタ地帯の米作農家の実態をヒアリングするとともに豊富な人的資源と勤勉なベトナム人の働く現地合弁会社の縫製工場を視察した。

あれから30年、今回のミッションは労働力不足に悩む徳之島の企業からのオフアーで、技能実習生受入れ検討のため、送りだし機関のドコンタップ社との協議とバニラ苗を研究・栽培している現地農業事業者や大学教授との打ち合わせが主であった。

トコンタップ社

(活気漲る国)
世界的なコロナ禍での外国出張は緊張したが、現地では半年間のロックダウンでの徹底的なコロナ対策でこれを抑え込んだことへの自負から、入国審査は淡々としたものが感じられ、また日本とは違い経済活動も通常通りに回っていた。

そして、空港や街中の異様な熱気と活力、そして人流に圧倒され、ホテルへ向かう私たちの車はバイクの洪水に呑み込まれ、まるで大河を彷徨う小舟のようで、いまだに発展・膨張を続けるベトナム国のポテンシャルを強烈に感じ、日本では経験したことのない雰囲気に呑み込まれた。

活気にみなぎる街中
バイクの洪水

ベトナムはフランスの植民地時代が永かったことから街並みは小奇麗で整然と区画が整備され、ゴシック建築物の建物が立ち並び「東洋のパリ」と呼ばれている。

東洋のパリ ホーチミン

今回、印象深かったのはベトナム戦争で北が南のサイゴンを開放したとのことから北軍の指導者ホー・チ・ミン氏の名前を陥落したサイゴンに付けた事への反発が表面化し、近年は敢て昔のサイゴンの名称を使っている人・企業が増えたとの事でした。

事実、街中にはサイゴンの名前が付いた建物や商業施設が目立ち、30年前には考えられないことでした。

【つづく】

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